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アイヒマンショー

監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
脚本:サイモン・ブロック
製作:ローレンス・ボーウェン、ケン・マーシャル
撮影:カルロス・カタラン
プロダクションデザイン:グレンヴィル・ホーナー
キャスティングディレクター:ジュリー・ハーケン
メイクアップ:エグレ・ミカラウスカイテ
衣装:ダイバ・ペトルリトレ
共同製作:シタル・タルワール
製作総指揮:フィリップ・クラーク
(2015年 イギリス制作 96分)
原題:THE EICHMANN SHOW
※ネタバレを含みます
【ストーリー】
世界が震撼したナチスの戦犯アイヒマンを裁く“世紀の裁判”の制作・放映の裏側を描くヒューマンドラマ
1961年、エルサレム。革新派の敏腕TVプロデューサー、ミルトン・フルックマン(マーティン・フリーマン)は、アドルフ・アイヒマンの裁判を世界中にテレビ中継するという前代未聞の計画の実現に向けて、全力を注いでいた。
(公式サイトより転記)
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(感想)
映画としてはエンタテイメント性は低いと思う。
アイヒマン裁判を、TVで放映するテレビマンたちのお話で、その過程は
さほど描かれないで、壁にカメラを仕込んで、意識させないようにするなどの工夫が施されたことなどが
わかる。
しかし結局はテレビ故、視聴率を気にし、「今の表情撮ったか?」などと、
バラエテイやワイドショー番組に見られるような反応があったりして
単に「正義」や「ジャーナリズム」という綺麗ごとだけではないというのを描いているのが
正直だったのかもしれない。
生き残ったユダヤ人たちの証言も衝撃的で製作スタッフが気分悪くなるくだりもあるが
何よりも雄弁に物語るのは、記録映像と思しき動画だった。
その映像は昔、〇hkで放映されていた映像と同じようなものだったと思う。
あの時はもっと多くの映像を流していたと思う。
亡くなったユダヤ人たちの皮膚でブックカバーを作ったりしたことをその番組で
流していた。
アイヒマンは終始、そういう証言を聞いていても表情一つ変えない。
根っからの悪魔ではなく、人間がたまたま命令によってこのような悪をなしたなら、
もっと動揺したり、感情をあらわにするはずだ、とTVマンたちは思うのだが
彼としては「命令に従っただけなのに、何故裁かれなければならないのか」と
思っているようなある種不貞腐れた表情を続けていた。
最期には自分のやったことを認めた形ではあったが
戦争が悪だとか、ナチスが悪魔だとか、そういうことではなく、
誰もがこのような残虐性を持つ可能性があると覚悟して見なければならない。
今だって
「虐め殺す」ということが
実際、学校などで起きているのだ。
規模は違っていても、差別や偏見で人を追い詰め死に追いやるという
残酷性は、ナチスと何の変わりがあろうか。
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