ボビーフィッシャーを探して

ボビー・フィッシャーを探して
劇場公開日 1994年2月19日
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解説

7歳のチェスの天才少年と、その才能を信じて心血を注いで育てた父親の姿を描いたドラマ。
スポーツ・ライターのフレッド・ウェイツキンが、実子ジョシュの少年期を描いたノンフィクションを、「シンドラーのリスト」の脚本家スティーヴン・ザイリアンが脚色と初監督を兼ねて映画化。
製作は「アダムス・ファミリー」のコンビ、スコット・ルーディンとウィリアム・ホーバーグ。エグゼクティヴ・プロデューサーは「ザ・ファーム 法律事務所」の監督シドニー・ポラック。
撮影は「テキーラ・サンライズ」のコンラッド・ホール、音楽は「心の扉」のジェームズ・ホーナーが担当。
主演はオーディションで数千人の中から選ばれた8歳のマックス・ポメランツ。
共演は「バグジー」のジョー・マンティーニャ、「タッカー」のジョアン・アレン、「デーヴ」のベン・キングスレイら。


ストーリー

7歳のジョシュ(マックス・ポメランツ)は、チェスにかけては天才的な才能を持っていた。
公園のストリートチェスの名手ヴィニー(ローレンス・フィッシュバーン)も、少年の特異な才能に目を見張る。
父親のフレッド(ジョー・モンテーニャ)は、息子の才能に驚き、70年代にアメリカ人で初めての世界チャンピオンとなった天才プレーヤー、ボビー・フィッシャーに匹敵するものと信じる。
フレッドは、ジョシュに本格的なチェスの教育を受けさせようと往年のチャンピオン、ブルース(ベン・キングスレイ)と会う。
ブルースは、真剣勝負であるチェスの危険性を説く。彼の真剣さに打たれたフレッドは、ブルースを息子のコーチに雇う。
ブルースもまたジョシュの才能にひかれ、一対一のレッスンが開始された。
「第2のボビー・フィッシャー」を目標に特訓は進められ、ジョシュの才能は開花し、全米の少年少女チェストーナメントを次々に制覇していった。そんな時、強力なライバルが現れた。
4歳よりチェスの英才教育を受けている少年ジョナサンだ。
彼の存在を脅威に感じたジョシュは、大会当日、プレッシャーから初回の相手に負けてしまう。
あくまで普通の子として育てたい母親ボニー(ジョアン・アレン)と父親が激しく言い争うのを聞きながら、ジョシュは姿を消したボビー・フィッシャーのことを思う。
・・・そして大会決戦の日が来た・・・。


スタッフ

監督
スティーブン・ザイリアン
原作
フレッド・ウェイツキン
製作総指揮
シドニー・ポラック
撮影
コンラッド・ホール
美術
デビッド・グロップマン

キャスト

マックス・ポメランクJosh Waitzkin
ジョー・マンテーニャFred Waitzkin
ジョアン・アレンBonnie Waitzkin
ローレンス・フィッシュバーンVinnie
ベン・キングズレーBrunce Pandolfini


作品データ
原題 Searching for Bobby Fischer
製作年 1993年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント映画=UIP



(感想)

先日、「完全なるチェックメイト」を見たばかりだったので、どうしても比較してしまうのだが
映画としては私はこちらの方が面白く見られた。

全然知らないで見たのだが、このジョシュは実在の人物であり、それを最後に
知って余計感動した。
やっぱり何も知らないで見るのっていいな。
子役の子がとっても良かった。
澄んだ目をしていて可愛い。

ジョシュはボビー・フィッシャーの再来かと父親が思うほど天才的な才能を発揮し、
父としては彼の才能をもっと高めるたいと、のめり込んでいく。
そのあたりはとてもよく共感できる。
自分の子供が他人にはないような才能が有ったら、やっぱり浮足立って
より、その能力を伸ばしてやりたいと思うだろう。
そしてまた、母親はジョシュを、普通の子として育てたいと思っていて
過剰になる父親の期待に、ブレーキをかけるが、その気持ちもとてもよくわかる。

普通の子供と同じように育てたい、育ってほしい、それこそが本当に
願うところなのかもしれない。
けれど、ずば抜けた能力があればそれを更に伸ばしてやりたい、というのも親として
当然の思いだ。

そのあたりがとてもよく描かれていたと思う。

段々、チェスを楽しむことから、勝たねばならないことが重圧になっていき、ついに
ある大会で初戦で負けてしまい、父親が激怒する。
あの激怒はやはり親のエゴだろう。
しかしそこで間違ったまま進まなかった。
その間違いを認め、ジョシュの幸せを考え、
もう、いいんだよ、と、また家族で楽しむことにシフトしていく。
大会前にもチェスをせずに、釣りに行ったりする。
それがジョシュにとっては良かったのだろう。おかしな重圧が取り除かれ、
チェスを楽しむという本来の気持ちを取り戻し、強敵と思われたライバルを打ち負かす。
この辺はチェスのことを知らなくても、エキサイトしたし、面白かった。

公園でストリートチェスをし、ジョシュの良き師匠(友人といったほうがいいだろう)になるローレンス・フィッシュバーンも良かった。
無手勝流のような、王道とはまた違ったチェスのやり方を伝授していく。
また、高額のレッスン料を支払って指導してもらうベン・キングスレーが
ボビー・フィッシャーへの思い入れの強さのあまり、ジョシュをボビーのようにするための
指導するのだが、ジョシュが「僕はボビーと違うよ」と言うところも良かった。
そうなのだ、誰もボビーにとって代われないし、ジョシュの代わりもいない。
どんな競技であっても誰かのように、ではなくその人らしさを生かすしか出来ないのではないか。


真央ちゃんも小さい時から「天才」と騒がれ、その道を踏み外すことなく
ずっと精神を保ったまま協議を続けたが、それがいかに大変なことなのかを
改めて感じる。

真央ちゃんの家族はこのジョシュの父親とは違うだろうが、勝つことを期待されることの
重圧はやはりあったのだろうと思う。
ましてや、真央ちゃんの場合は、マスコミやスケート連盟、K国などからの精神的圧迫、
妨害、があり、ただ単に協議を続けるだけでも大変なのに、それ以上の苦難を歩むことに
なってしまった。
本当に国民として何もできなかったことを謝罪したいくらいの気持ちだ。

誰が出てこようと、マスコミが浅田真央の再来と騒ごうと、真央ちゃんは
唯一無二で誰も彼女のようにはなれないし、彼女を超えることもできない。


ジョシュはジョシュらしさを失わず、自分の道を歩むことができてよかった。
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