いとこ同士


解説

田舎から受験のために上京した純情な青年と、都会育ちの青年を主人公に、恋愛をめぐって傷つきやすい青年期の心理を描いたドラマ。
脚本・監督ともにフランス映画界の新進クロード・シャブロル。
撮影は「恋人たち」のアンリ・ドカエ、音楽はポール・ミスラキが担当。
出演は「殺意の瞬間(1956)」のジェラール・ブラン、新人ジャン・クロード・ブリアリ、映画初出演のジュリエット・メニエル、クロード・セルヴァル、ミシェル・メリッツ等。製作クロード・シャブロル。



ストーリー

二十三歳のシャルル(ジェラール・ブラン)は法学士の試験を受けるためにパリにやってきて、同じ年のいとこポール(ジャン・クロード・ブリアリ)の豪華なアパートに同居した。田舎ぐらしのシャルルと、何不自由ない都会生活を送るポール、生活環境の相違は二人の青年の性格をまるで別なものにしていた。旅のもようを母親に書き送る純真なシャルル、彼の子を宿したと泣きこんできた女を、仲間のクロビスに金をやって始末させるポー...


スタッフ

監督
クロード・シャブロル
脚本
クロード・シャブロル
製作
クロード・シャブロル
撮影
アンリ・ドカエ
音楽
ポール・ミスラキ

キャスト

ジェラール・ブランCharles
ジャン=クロード・ブリアリPaul
ジュリエット・メニエルFlorence
クロード・セルバルClovis
Genevieve ClunyGenevieve


作品データ
原題 Les Cousins
製作年 1959年
製作国 フランス
配給 東和

提供:株式会社キネマ旬報社
受賞歴
詳細情報を表示
第9回 ベルリン国際映画祭(1959年)

☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆


(ネタバレあり感想)

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(ネタバレ感想)


まあ、最高に後味の悪い結末!
これぞ悲劇。
「ミスト」に勝るとも劣らないくらい。


ヌーヴェルバーグの先駆け的映画、ということだが、
まあ、仏蘭西映画らしいといえば、らしい。
「我等の仲間」なんかも相当
悲劇的な結末だったし・・・。


いとこ同士だからこそ、シャルルの母は、パリのポールのところへ行くのを許可する。
しかし、全てはそこから間違っていたのでは。

ポールも同じ大学生のようだけど、胡散臭く如何わしい連中と
毎夜のようにパーテイ三昧。

その仲間の一人の女に恋をするシャルル。
しかし、それも今思えば間違いだったのでは。

いとこだからと、警戒心もなく、恋心を正直に話し、
進捗状況もポールに話していたが、それも
間違いだったのでは。


その、いとこの卑劣さ(?)いや、
卑劣、というか
どういえばいいのだろう、素朴な田舎者のシャルルを傷つけてやりたい、という積極的な
虐めの心理なのか、ただ単に「ゲーム」を楽しんでいるだけなのか。

ともかく、彼女がシャルルとの待ち合わせの時間を間違えたのをいいことに、
横やりを入れて奪ってしまう。
しかも、その彼女を自分の部屋に同棲させる。
シャルルも一緒にいるのに。
奪っただけでなく、一緒に住まわせるとは
どういうサディストなんだろう。

普通に考えれば、これを契機に、一人暮らしをすべきだった。
お金がないからすぐには無理だっただろうが、
バイトとかしながらなんとかポールと離れるべきだった。
それができなかったのも間違いだった。

それでもシャルルは何とか正気を保って、一心不乱に勉強に励み、
試験に合格しようとする。
シャルルが勉強している間も、狂乱のようなパーテイは続けられ、
勉強をあからさまに邪魔してくる。
しかもポールだけならまだしも、女までもが一緒になって
誘惑してくる。
この女も女だ。一体どういう神経してるんだろ?

しかし、何とか理性でそのような誘惑をはねのけ、
試験に臨むのだが、
皮肉なことに何も勉強してなかったポールは要領よく合格し、
あれほど努力したシャルルは不合格となってしまう。

すっかり打ちのめされたシャルル。
女は取られるわ、
試験には落ちるわ、
踏んだり蹴ったり、
弱り目に祟り目、ここまでだけでも相当気の毒な状態。

その後も、川をジっと見つめながら学生証まで川に捨ててしまう。
身投げでもするんじゃないかとハラハラした。
もう、この辺は母親目線で見てしまってる。
田舎の母はシャルルが自慢だろう。優秀で、親思い、母一人子一人で、
苦労しながら育てた。そばから話したくもなかっただろう、けれど
パリの大学に合格し、住まいもいとこの部屋、ということで
許したのだ、やがては立派に卒業してひとかどの人物になることを
夢見て。
そんな田舎にいる母親を、一度も映像には現れないが、
想像してしまった。
母が嘆き悲しむだろうから自殺なんてしないで!と思いながら見つめる。


果たして彼はそのまま部屋へと戻った。
そして伏線となっている銃弾の入ってない拳銃を手に取り・・・。
と、ここでもう嫌な予感しかしない。

そして映画はそのまま
最悪の悲劇へと突き進む。



これなら自分から死んだ方が
まだマシだったとさえ思う。
何故ならそれは「望んだ死」だからだ。
・・・



努力や苦労が報われず、理不尽な結末を迎えることは確かに
世の中にたくさんあり、珍しいことではない。
それをわざわざ映画にして見せられるのは、正直つらい。

ポールはさだめし、その当時のアバンギャルドな刹那的な
快楽主義的若者の象徴。
シャルルは、地方の純朴な真面目な青年。
いくらいとこでも全く正反対の若者同士の同居自体が
そもそもの間違いだったのだ。

確かにポールのような人間はいる。
そういう人物にはできるだけ近づかない。
芯から信用しない。
そうすることで身を守るしかない。




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ベニスに死す

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「アッシェンバッハはその少年が完全に美しいのに気付いた。
蒼白で、上品に表情の閉ざされた顔、蜜色の捲毛にとりまかれた顔、まっすぐに通った鼻とかわいい口をもった顔、
やさしい神々しいまじめさを浮かべている顔」

『ベニスに死す』原作の「高貴な時代のギリシャ彫刻」そのまま抜け出てきたかのようなアンドレセン少年。


1955年1月26日 スウェーデン、ストックホルム生まれ
『ベニスに死す』出演当時15歳。ストックホルムの音楽学校に通っていた。学校では古典音楽を中心に音楽教育を受けていた。友人らとバンドを組むなどビートルズが憧れのロック少年でもある。
5歳のとき父親に捨てられ、母親も自殺するという不幸な幼少時代。10歳から祖母に育てられる。
『ベニスに死す』の出演以降、何本もの映画出演の話が彼に寄せられたが、音楽に興味を持つアンドレセンの意向で実現しなかった。



ドイツの作家トーマス・マン原作『ベニスに死す』の映画化に、ヴィスコンティ監督らは「ギリシャ彫刻のトゲを抜く少年」12歳程で金髪で碧眼のタッジオ少年を求めて東欧、北欧と大規模なオーデションをする。その中に15歳の少年ビョルン・アンドレセンがいた。ヴィスコンティは戸惑う。「残念、何て背が高いんだ。でもとても美しいよ」ひとまずアンドレセンは半裸にされ色々な角度から写真を撮られます。という撮影前のエピソード・・・。見事、タッジオ少年の役を獲得したアンドレセン少年。お馴染みのセーラー服姿の美少年が確立する。


『ベニスに死す』 Death in Venice
1971年 イタリア

監督 ルキーノ・ヴィスコンティ 出演 ダーク・ボガート ビョルン・アンドレセン・・・

ベニス、リド島の海辺のホテルに保養に来た有名な音楽家アッシェンバッハは、ポーランド人一家の美少年タッジオに会い、一目で魅了される。アッシェンバッハの心はこの美しい少年への思いで乱される。一方タッジオもアッシェンバッハの視線に気がつき始める。以来アッシェンバッハは浜に続く回廊を少年を求めて彷徨う。疫病に罹っても尚、死化粧をその顔に施させ、ベニスの町を徘徊し、やがて海辺のデッキチェアに横たえる。彼の視線の向こうにタッジオ少年。醜く化粧は流れ落ちるが、少年を見つめながら笑みを浮かべ息を引き取る。

(以上、ネットより)




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(感想)
この映画は、ただもう、タジオ役が、原作に書かれた通りの美貌の少年であるかどうかで
成否が決まってしまうようなものだと思う。

それがこの映画の一番のポイントなのだが、
まさに原作から抜け出たようなピッタリの
少年だった。


この映画の公開当時、彼は十代向けの雑誌に特集され、「美少年」と冠され
毎週のようにグラビアを飾った。
しかし、私は当時は彼をそれ程、美しいとは思えず、(単に好みの問題だが)
世間の流れには乗れなかった。

暫くしてTVで(淀川さんの映画劇場)この映画を見て、
その時も「怖さ」の方が印象が強く、そして主人公の老いが
醜悪に感じられ、見るのがつらかった。

それが今は、自分が、この映画の中のアッシェンバッハの
年齢に近づいたからだろうか、
彼の気持ちが痛いほどわかるのだ。

「老い」への抗い、若さへの憧憬、美しさへの希求、
そんな思いが理解できる。

老いの先に当然ある「死」
若い頃に考える死と違って、老境に入ってからは「リアル」
である、実感を伴い、しかも切羽詰まっている。

そんな中、眩しいばかりに輝き、若さ、美しさを惜しげもなく
振りまいている少年に出会ったら、私でも
ずっと見つめてしまうかもしれない。



ビョルン・アンドレセンは間違いなく「美少年史」に遺る逸材だと思う。
昔は何故、彼をそんなにいいとは思えなかったのか。
当時私が美しいと思っていたのは「天使の詩」のステファーノ・コラグランデだったので、
タイプが違っていたからかも。

アッシェンバッハは、声をかけることさえできないのだ。
コレラが流行っているのに、ベニスが観光地であり、打撃を受けるのを恐れて
緘口令が敷かれてその事実が隠されている。
それ故に、タジオ一家に、一刻も早くここを発ちなさい、と
忠告をしたいのだが、妄想だけで現実にはただ
見つめるだけで何もできない。

お互い、ホテルの宿泊客、
どこからいらっしゃったのかとか、ここへはいつも来ているの、とか
いくらでも話すきっかけがありそうなものなのに、とうとう最後まで一切
話しかけられない。

まるで可憐な乙女である。

彼が、タジオを純粋に崇拝しているということがよく伝わってくる。



確かにこの映画は子供が見てもピンとこないだろう。
大人の映画なのだ。


実際、今回で数回は見ているのだが、年をとればとる程
どんどんこの映画の素晴らしさを感じる。
この映像美に打ちのめされ、陶酔してしまう。

映画としては、アッシェンバッハが美少年を見つめ、そのうち
後を付けるようになり(現代ならばストーカーと言われるね)
死を迎える・・・
それだけの話、といってもいいほど
波乱がある訳ではない。
終始、淡々と描かれている。
子供なら退屈するかもしれない。


ところが、退屈するどころか、一瞬も目が離せないのだ。

あまりにも美しい風景。
水の浮かぶ船や、海に沈む陽の光、
一幅の絵画のよう。
最後の、逆光に浮かぶタジオのシルエットのこの世のものとは思えないような
美しさ。
衣装も素晴らしい。

裏腹に、コレラが蔓延していると思われる
ヴェニスの下町の、胡散臭さ、薄汚さ、おぞましさ・・・。



床屋が親切ごかしに若作りを施したため、
後で、白髪染めの染料が一筋流れるのだが、それが
切なく痛ましい。
それにあの異様な白塗りも、
子供の時は、醜悪で少し怖かった。

しかし今はね、自分自身が白髪染め使ってるもんね。


あの少年は美しき死神なのかもしれない。
それともアッシェンバッハの命が尽きる前の幻想なのかもしれない。
間近に迫る死の恐怖は、美しい少年の姿を目にすることによって
和らいだかもしれないのだ。


美の極致のような豪華にして重厚な映像だった。
堪能した!

クリミナル  二つの記憶を持つ男

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原題:Criminal
2015/イギリス、アメリカ 上映時間113分
監督:アリエル・ブロメン
製作:マット・オトゥール、マーク・ギル、クリスタ・キャンベル、J・C・スピンク、ジェイク・ワイナー
製作総指揮:ボアズ・デビッドソン、ジョン・トンプソン、クリスティーン・オタール、アビ・ラーナー、トレバー・ショート、ラティ・グロブマン、ダグラス・アーバンスキー、ジェイソン・ブルーム、ケビン・キング・テンプルトン
共同製作総指揮:サミュエル・ハディダ、ビクター・ハディダ
共同製作:ポール・リッチー
脚本:ダグラス・クック、デビッド・ワイズバーグ
撮影:デイナ・ゴンザレス
美術:ジョン・ヘンソン
衣装:ジル・テイラー
編集:ダニー・ラフィク
音楽:ブライアン・タイラー、キース・パワー


出演:ケビン・コスナー、ゲイリー・オールドマン、トミー・リー・ジョーンズ、ガル・ギャドット、ライアン・レイノルズ、アリス・イブ、
マイケル・ピット、アマウリー・ノラスコ、ジョルディ・モリャ、アンチュ・トラウェ、スコット・アドキンス


(あらすじ)
米軍の核ミサイルをも遠隔操作可能なプログラムを開発した謎のハッカー「ダッチマン」の居場所を知る唯一の人物で、
CIAのエージェントのビリーが任務中に死亡した。「ダッチマン」の脅威から世界の危機を救う最後の手段として、ビリーの記憶を他人の脳内への移植する手術が検討され、その移植相手として死刑囚ジェリコ・スチュアートが選ばれた。
ジェリコは凶悪犯である自分自身と、脳内に移植されたCIAエージェントのビリーというまったく逆の2つの人格に引き裂かれながら、
テロリストとの壮絶な闘いに巻き込まれていく。
(以上、映画.comより)




☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆;+;。・゚・。;+;☆

(ネタバレあり感想)

こんな映画があったことも知らなかった。

え?ケビン・コスナー、トミー・リー・ジョーンズ、ゲイリー・オールドマン、と
なんと錚々たる顔ぶれ!
おまけに冒頭、すぐ殺されるけど、ライアンレイノルズも出てる!
こんな豪華版なのに、全然知らなかったとは??


内容がよっぽどつまらないのか?

けれど、まあまあ楽しめるものだった。
CIAの諜報員が殺されてしまうから、その人の持ってる情報を手に入れたくて、
彼の記憶を別の人間に移植する、というもの。
「セルフレス」も、似たような記憶移植モノだ。
この頃、こういうの結構あるね。
流行ってんの?

今の自分に別人の記憶を転載するので
二つの記憶(人格)が同居するという訳。
それによる混乱。
メリット。
トラブル。
などなど描かれるが
これは意外にもハッピーエンドだった。


ただ、最初に博士が極悪サイコキラーの犯罪者を
被験者に選ぶのだが、それが何故彼だったのか、
ちょっとわからなかった。

ゲイリー・オールドマンのCIAのお偉いさんは
短絡的で、ちょっとミスが多いような気がする。
あんな行き当たりばったりではCIAはもたないだろう。


で、ライアンレイノルズの奥さん役の女優さん、
普通に綺麗。
どっかで見たことある…絶対見たことある。
えーとえーと…誰だっけ・・・。

と、思ったら
なんとガル・ガドットだった!
うーーん、この人、やっぱり綺麗だよね。
スタイル良いし、「強くてきれい」な女の人。
今は、ただきれいなだけでは駄目で、強くなきゃならないし、それには
ピッタリ。
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ストーリーにもチョコチョコ
穴があるような気がしたが、まあそれでも面白い方だった。
これって続編作る気かも。

地震(なるふる)

昨日、7時58分ごろ、
強い揺れがあり、大阪の北部を震源とする地震があった。

家にいたが、なすすべもなく、ただ揺れが収まるのを待つのみだった。

怖かった!
とても長く感じた。
阪神淡路大震災を想起させるものだった。
しかし、その時ほどの被害は出なかったようだ。

ただ、家族の安否確認が取れるまでは
生きた心地がしなかった。

幸い、みな無事だったのでひとまず
ホッとしたが。


息子は通勤途中の電車内だったが、電車は普通に駅で停まり
そこから歩いて家まで戻ってきた。
徒歩で三時間近くかかったようだ。

線路を歩いてみたかった、などとフザけたことを言ってたが、
被害が出ているところもあるので笑い事ではない。


小学生の女の子が命を落とした。
高槻市は違法建築と認めた。
あれだけ大震災が起きて、ブロック塀の危険性もわかっていたのに
何の手立てもできてなかった。
ブロック塀でなく、コンクリートなら、
ブロック塀でも控え壁を取りつけれいれば、
法律通りの高さだったら、
と、悔やまれてならない。
本当に可愛そうで、気の毒で仕方がない。

他にも亡くなられた方、怪我をされた方、家屋に被害が出た方、
ガス、水道が止まってしまっている地域、と
阪神淡路大震災程ではないとはいえ、やはり被害は出ていて
災害の恐ろしさをまた、あらためて感じるしだいだ。
心からのお見舞いとお悔やみを申し上げたい。



こういう時には特に「水」の確保が肝心だ。
やはり水道の民営化など、とんでもない、言語道断だと思う。

今の政府は確かに災害時、民主党政権に比べれば
迅速に動いてくれる。
だが、来年は消費税増税、外国人労働者受け入れ拡大を
閣議決定するなど、国民を苦しめることになる政策が目に余る。

ただでさえ災害大国なのだ、これ以上の
苦しみのもととなるようなことは避けてほしい。



今後、余震もあるだろうが
被害が拡大しないことを切に願う。

22年目の告白

珍しく最近の邦画です。

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22年目の告白-私が殺人犯です-の紹介:2017年日本映画。韓国で大ヒットを飛ばした映画「殺人の告白」を藤原竜也と伊藤英明のW主演で入江悠監督がリメイク。「22年目の告白」のキャッチコピーは「すべての国民が、この男に狂わされる。」。2017年のある日、日本全国民が震撼する。その日、会見に現れたのは一人の男(藤原竜也)。彼は一冊の本を手に衝撃的な言葉を口にした。「22年前に起きた5人の連続殺人、その犯人だ」と。男の名前は曾根崎雅人、いつまでたっても警察が捕まえず時効を迎えたため自ら公の場に姿を現し、22年目の告白を行った。そしてその日から全国民が彼に惑わされることになる。衝撃のラストまで目が離せない。
監督:入江悠 キャスト:藤原竜也(曾根崎雅人)、伊藤英明(牧村航)、夏帆(岸美晴)、野村周平(小野寺拓巳)、石橋杏奈(牧村里香)、竜星涼(春日部信司)、早乙女太一(戸田丈)、仲村トオル(仙堂俊雄)、岩松了(山縣明寛)、岩城滉一(橘大祐)ほか
(以上ネットより)


******************************
(ネタバレ感想)

意外と面白かった!
残虐極まりない連続殺人を扱っているが、映像的には
そこまでグロテスクなものはさほどないので
見やすかった。

それに、「時効」の問題も絡ませて興味深い。
昔、渥美清主演のドラマで時効が、犯人が海外に言っていた間は
「停止」状態になるというものがあったが、それとは
また違うのだが時効に対する理不尽さ、悔しさみたいなものが
描かれていたように思う。

まずは「私が犯人です」と、時効が過ぎてから
名乗り出る人物に藤原竜也という時点で
ああ、これは実は藤原竜也の役は真犯人ではないのでは?と
容易に推察できる。

そして真犯人も、ある程度予想がついた。
でもつまらないとは思わなかった。

真犯人の犯行理由を、グダグダとのべるあたりは
日本映画の悪い癖で、少し間伸びがすると感じるのだが、それでも
全体には面白く観ることができた。
戦場で常に死が間近にあって、大切な人を失って・・・
等の理由を述べるのだが、それはほとんど無意味で、
実際はただのサイコキラーではないかと思う。

結末も良かった。
時効が撤廃された後の犯行が一件あり、
司法に委ねることができたのだ。
ただ、犯行時の心神喪失を主張し、他の五件は時効が成立しており、
立件できるのは主人公の妹殺害の一件のみ。

どうせ死刑にできないんだろ・・・。
と、消化不良のまま終わるかと思いきや、
思いがけないラストが待っていて、溜飲が下がった。


いつも復讐が中途半端で終わるような結末が多い邦画だが、
これなら後味も悪くはなかった。



犯人が告白本を出すというのは確かに異常だが
現実にもある話だ。

神戸の少年Aが本を出したのは記憶に新しいし、
昔、食人の「佐川君」も本を出している。
犯罪も異常なら、彼らが死刑にならなかったのも異常。
娑婆に出て普通の生活を送っているのも異常。
その上本を出版、などと遺族からしたら逆なでされるような
おぞましい異常さ。

それが現実に起きていることなのだ。
映画の中だけの「異常さ」ではない。

勿論、映画だから、TV出演したり、ミーハーが騒いだり、と
現実以上の反応を「敢えて」描いているが。

しかし、現実世界で、そんな犯罪者が本を出しても
「違法」にもならず、従って禁止することもできないというのも、
随分異常な状態であることは否めない。